Cogito ergo sum

社会における様々なトピックに関して個人的な雑感を綴るブログ

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(瀬戸内寂聴の死刑制度批判)日本一有名な尼僧の本当の顔は「我が子を捨てて不倫を楽しむ外道」

数日前の10月6日、日本弁護士連合会(日弁連)が福井市内で開催した死刑制度に関するシンポジウムに、作家で僧侶の瀬戸内寂聴さん(94)がビデオメッセージを寄せ、それがプログラムの冒頭と終盤の2回流されました。

そのメッセージの中で瀬戸内さんは、「人間が人間の罪を決めることは難しい。日本が(死刑制度を)まだ続けていることは恥ずかしい」と指摘し、「人間が人間を殺すことは一番野蛮なこと。みなさん頑張って『殺さない』ってことを大きな声で唱えてください。そして、殺したがるばかどもと戦ってください」と述べたそうです

まあ、このメッセージの内容だけ見れば、「そういうことを言う人もまあいるんでしょうね」としか思いませんが、あのおばあちゃんがこれを言っちゃダメでしょうね、、、

瀬戸内さんの略歴をご存じない方は、ぜひwikipediaで彼女の項目を見てみてください。彼女が過去に何度も問題発言を繰り返していることは有名ですが、そもそも彼女は若い頃に夫の教え子と不倫して、夫と3歳の娘を残して家を出て行っています。そんな人間が、「人間が人間の罪を決めることは難しい」なんて言っても、単に自分を擁護しているだけにしか私には聞こえません。

また、今回シンポジウムの会場には全国犯罪被害者の会(あすの会)のメンバーや支援する弁護士たちもいて、彼らは「被害者の気持ちを踏みにじる言葉だ」と反発したようです。でも、瀬戸内さんにそんなことを言っても通じるはずがないのです。彼女は平気で我が子すら傷つけられるような人間ですから。「被害者の気持ち」なんかにはそもそも興味がないのです。

そもそも「殺したがるばかども」って、本来は殺人を犯した犯人のことではないのでしょうか。身内を殺された遺族をそんなふうに呼ぶなんて、本当にもうどうかしているとしか言いようがありません。

仏教なんていうのも、本当にしょうもない宗教ですね。
最澄さんから何かコメントでもいただきたいものです。

さて、雑感だけ書いて終わりではいけませんから、私が死刑制度廃止に反対する理由を以下の通り三点挙げておきたいと思います。

  1. 「殺人」を犯した者、すなわち他者から基本的人権の一つである生存権を強制的に剥奪した者の人権を保護すべき合理的な理由が見当たらない。
  2. 「終身刑」等の導入により、殺人を犯した者の衣食住を貴重な税金を使って支えるべき合理的理由が見当たらない。
  3. 死刑の有無が重大犯罪の抑止力として機能していると考える。


私にはどうしても、日弁連の連中の考えが理解できません。よく「外国では、、、」なんて言っている弁護士がいるけれど、文化が違うわけだから、そんなものを引き合いに出すことに意味など全くないと思っています。

あんまりこういう記事は書かないように自粛してきたけれど、結局のところ、私のような一般平民が意見をどんどん出していかないと、よくわからない変な人たちにとって都合のいいルールが勝手に作られるだけなんですよね。だから今回、書いてみました。