Cogito ergo sum

社会における様々なトピックに関して個人的な雑感を綴るブログ

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熊本地震の被災者たちに私たちがしてあげられる本当に意味のあること

熊本地震の被災地に「支援物資」として、千羽鶴や店では絶対に売れないようなボロボロの古着を送った人が今回もいるらしい。過去の震災でもあれだけ問題になったのに。

 

食べるものがなくてひもじい思いをしている中、やっと届いた支援物資の詰まったダンボールを開けてみて、もし中身が大量の千羽鶴だったら当人はいったい何を思うのだろうか。
被災者に「勇気を!」とか「元気を!」とか、緊急時にそんなことばかり言っている大人がいることが私にはどうしても理解できない。意図的に嫌がらせをしようと思って地震発生後すぐに鶴を折り始めたのならまだわかるけれど、本気でそれが支援物資として適当なのだと思ったのなら、多分その人は病気だ。
さらには、明らかに洗濯していない下着だとか、壊れた電化製品なんかを送る人もいるというのだから、本当に最近の日本人は攻撃的だ。

また、これは特に恐ろしい話だが、被災地ではいわゆる「火事場泥棒」がたくさん出ているらしい。ネット上では、「さっそく大陸から来やがったな」なんてことを言っている人が少なくないけれど、本当だろうか。私が勝手に推測するに、盗みを働いている連中は間違いなく日本人だろう。最近の日本人は本当に何だってやるから、驚くようなことではない。


ところで、それでは「今、私たちにできること」はいったい何なのだろうか。


こういった大災害が起きた時に我々にできることというのは、ボランティア活動をするために車を飛ばして現地に入り、緊急車両の通行を妨げることではなくて、とにかく「お金」を出すことなのだと思う。
今回の地震で家をなくした人が大量に出ているわけだけれど、保険で何とかなる人なんて、そのうちのほんの一部だろう。多くの人にとって、本当の地獄はこれからの生活なのではないだろうか。だから、みんなで寄付しまくって、それを政府がうまいこと配分すればいいのだと思う。
被災しなかった1億人が一人1円寄付すれば1億円、10円寄付すれば10億円、100円寄付すれば100億円、1,000円寄付すれば1,000億円になる。今回被害の最も大きかった熊本県益城町では、全壊と半壊が「約5,400棟」だそうだから、仮に全体で1万戸だとして、1,000億円あれば各家に1,000万円ずつ配ることができる。かなり大きな助けになるはずだ。

「税金を使えばいいじゃないか」と思う人もいるかもしれないけれど、不動産なんていうのは持ち主の個人的な資産だから、税金を使うのは相応しくないと思う。


とにもかくにも、「自分も何かできることをしたい」と思うのであれば、鶴を折るための色紙を買いに行ってLINEで一緒に折る友達を探すんじゃなくて、まずはしっかりとした機関に寄付をするべきだ。被災者たちにこれから必要なのは、勇気でも元気でもなくて、間違いなくお金なのだから。